Tuesday, May 7, 2013

インターネットの法と慣習


インターネットの法と慣習

@ikedanob さんを通じたメーリングリストでの会話
K氏
> 制定法の膨大な”手続き”の部分に科学的なメスを入れるのは
> 賛成ですが、見なおすべきは、制定法”主義”そのものでしょ
> うね。

これは大いにあるでしょうね。

尚、「制定法」自体の解釈の仕方として、もし
「<制定した>と言うプロセスを経て、判例と同等の効果が得られた」
といった技巧を施せるのであれば、「制定法主義」にメスを入れる
チャンスが生まれるかもしれません。
今までの「制定法」をどう扱うか、というのも、メスを入れる際の
視点としては重要でしょうから。(既存の膨大な制定法を判例と言う
範疇にカプセライズし押し込める)

K氏
なるほどです。
法を作るオブジェクトモデルのサンプルができたら、それはかなり画期的な
研究になると思いますよ。→期待してます。:-)
Positivismであれば、”権利”そのものが、おそらくObject化可能でしょうから、
Positivismの法体系であれば、もしかすると実現可能かもしれない。
#一方、コモンローだと、権利に対し、Semanticsの超難問が出てきそうで
できそうにないかも。。

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K氏
> そもそも社会主義、共産主義の法体系もPositivismですが、自
> 由主義圏の国であっても制定法主義をとりつづける限り、それ
> に極めて近い体系にすりよっていくことになるでしょう。
> 実際、日本がそうであるように。

なるほど、これは一理ありますね。

Positivism というのは結構面白い概念ですね。この
「反作用」としての<減点主義>への系譜等も興味の
あるところであります。
#多分、アメリカに措ける「加点主義」も、Negativismの
#反作用かもしれない ... と考えると極めて「法が文化を
#Mold する」と言えるのかもしれません。

「部分最適化」と「責任」


池田信夫氏との会話:(10年前)

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ikedanob 氏: (10年前)
先日、無線機器メーカーの会合で電波政策がいかにおかしいか話したら、ある大
手メーカーの人が「私も個人的には同感だ。地域防災無線なんて、同じ地域に国
と県と市町村の無線が重複して、それぞれ別の帯域を取っている。ところが、総
務省は今、この帯域を整理しないで丸ごと『デジタル化』しようとしている。納
税者としては無駄だと思うのだが、当社の営業としては、こういう商売はもうけ
やすいので・・・」
老朽化しているのは「アーキテクチャ」なのに、伝送技術を「デジタル化」する
ことによって問題を解決しようとする発想は、デジタル放送と同じです。しかし
結果的には、こういうふうに無意味なアップグレードをすると、かえって償却す
るまで設備をもたせることになり、問題が先送りされてしまう。「部分最適化」
のパラドックスは、日本全体に蔓延しているようです。

「部分最適化」の典型的な弊害は、「責任」が見えにくくなる事です。
本来、bureaucratization というのは、「知的秀才」が得意とするところの
大脳生理学的に言えば"左脳辺縁系"に深くかかわる部位で、「責任」という
キーワードはまさにこの部位に入ってくるわけですが、
「部分最適化」の追求によって、責任の所在が「部分的には」最適化
されるものの全体的に見れば全く以って「見当違いなところ」に
配備(デプロイ?)されてしまいます。
#「手続き」の中に責任がカプセル化されデプロイされると言っても良い。

マスコミで、「自己責任」とか「責任逃れ」とかいった論調がある場合、
その当事者である人たちの頭の中ではちゃんと「責任」はとられています。
ただ、全体的に見ると非常に「責任がとられていない」ように見え、
あたかも解せない行動に見えるだけです。
当事者の方々が、一番 *責任* をとっていて、マスコミは「言いっぱなし」
の *無責任* な存在であり、またそうである"べき"なのです。:-)

余談:以前、「知的秀才」「街の俊才」の対比をしましたが、もう少し
わかりやすい例を挙げます。「街の俊才と知的俊才」の大きな差は、
* 「知的秀才」:
  "数学は暗記である"
  "プログラムに必要なのは手続きである"
* 「街の俊才」
  "数学は芸術である"
  "プログラムは人間活動同様きわめてオブジェクト指向的なものである"
・・といったような、「回答の違い」によってある程度の見当がつきます

ikedanob氏
部分最適化の問題は、コンピュータ業界でちょっと前に流行したニューラル・ネッ
トとか遺伝的アルゴリズムのテーマなので、脳と関係あるかもしれませんね。
進化の中でも、部分最適化によって種が滅亡することがきわめて多いので、それ
を避けるメカニズムが発達しています。遺伝的アルゴリズムは、交差による「小
進化」と突然変異による「大進化」を組み合わせるもので、部分最適化の落とし
穴にはまったときは、(既存の集団にとっては)不合理な行動をする「異端児」
がいろいろ出てくることが、結果的には種の保存に貢献します。
同じような話は、ニューラル・ネットでもあり、simulated annealingというア
ルゴリズムは、最初にシステム全体に大きな「ゆらぎ」を与えてグローバルな解
をさがし、徐々にエネルギーを下げて最適化を行うものです。徹夜で頭がボーッ
としたとき、眠るとすっきりするのは、ニューロンが局所的に興奮している状態
に睡眠によって「ゆらぎ」を与えてリラックスさせるためだと考えられています。
経済学でこれを応用したのが、有名なKandori-Mailath-Robのアルゴリズムで、
これは「突然変異」を導入することによって落とし穴を脱却するものです。この
あとも同様の研究はいろいろ行われ、集団をモジュールにわけて部分的な改革が
起こりやすくする(Ellison)とか、メンバーに集団を退出するオプションを与え
る(松島)などの方法が提案されています。
逆にいえば、「メンバーが合理的で、均質で、システム全体がズルズルとつながっ
ていて、そこから退出する自由のない組織」ほど、部分最適化に落ち込みやすい
わけです。


Intellectual Property Right



@ikedanob さんを通じたメーリングリストでの会話
K氏
> 手前勝手な定義かもしれませんが、憲法が”保証するもの”がRightであり、
> 政府によって”与えられるもの”は、権利=Rightではなく、Priviledgeです。
> この定義では、特許は(無体)財産権でもなくなってしまい、
> 単なる政府からの特権もしくは恩恵となります。
> #特権と書くと、特別な権利という意味があるので、具合が悪いので
> 恩恵の方がいいかもしれません。

貨幣/紙幣自体の存在が、「政府によって定義されたもの」であり、それが
「財産」という「権利」として認知されている事を考えると、[Intellectual
Property]という概念が決して「政府からの特権・恩恵」だからといって
「財産」の「権利」という翻訳をよしとしない、ということにはならない
と思うのですが。

国家の存在なくして財産のassuranceはないと思います。
(つまり、財産を失った場合に国家に救済を求める事が出来ない、と言う事
でもあり、価値それ自体が大幅に減少しても憲法の救済は無い)

ただ、知的財産権それ自体はきわめて「国家策略/戦略的」な側面を
有するものであると言うのは、日本に特許法が導入されたのが
非常に歴史的にも古い、という事から考えても(明治維新後すぐに
国内の産業を海外のそれから保護するため)、妥当性があると
いえます。
また、確かに「恩赦」の側面が強いとしても、「権利は留保されるが
行使する事が出来ない」という法的な解釈を有するもの、と考える
事も可能かと思います。「君には権利があるがそれを裁判所で
行使する事は出来ないよ」・・・etc.
#私もよくまとめきれていないのですが(^^;

--

以前、「Intellectual Property Right」の事を「知的所有権」と
ずっと翻訳していた経緯があったと(IIRC:If I remember correctly)
記憶していますが、
「知的所有権」
よりは
「知的財産権」
のほうが適切に翻訳されていると思います。

尚、Property自体は
ラテン語で「自分自身のもの」の意味であり、独占・財産・所有と
どう翻訳してもさほどの違いはありませんが、「所有」には利益・利子が
つかないのが基本であるのに対し「財産」には利益・利子を生むものという
共通認識があることから、「知的財産権」とする事は国家戦略上での
メリットが大きいものと思います。
確かに、「独占権」という概念は「独占禁止法」と「特許法」の対比
(パワー・バランス)で言うと適切にも思えますが、反発を買う用語
であることは間違いないようです。

参考:Google検索ヒット数
知的所有権:72,800件
知的財産権:87,000件
知的独占権: 7,930件

P.S.  但し、私自身も、知的財産権の乱用には強い反発を覚えて
いるのも事実です。アンチ・パテントとプロ・パテントは、国家の
財政等々に大きく依存するものでありますが、両側面を「極端」に
してしまうと双方とも「産業の育成を強く阻害」する事につながります
のでね




Copyrighting the President


池田信夫氏との会話(2004年)

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池田氏
> 半導体など多くのIT産業では、自社の特許だけで製品を作ることは不可能なので、
> パテントプールやクロスライセンスによって「談合」が促進されます。金融技術
> でも、「ビジネス方法特許」が認められるようになってから、寡占化が進んだそ
> うです。やみくもな「知財強化」は、「ベンチャー企業の振興」という経産省の
> 政策目標を台なしにするのではないでしょうか。

それ以前に、経産省のストラテジが全く見えません。

ドメスティックな弁理士を多くして、「国際競争」に勝とうと言うのでしょうか。
弁理士試験に英語を必須にする、など、策は沢山あると思います。

「知財強化」のポイントは、勿論「ベンチャー企業の振興」もあると思いますが
それはあくまで「表面的な」話であって、実際は「国際競争力をつけねば」と
言う事なのでは。しからば、英語が喋れない弁護士や弁理士を増やしたところで
何の意味もないはずです。
「国内」産業間同士で「足の引っ張り合い」をするような策は、国際競争力
の観点からすれば寧ろ有害なのではないでしょうか。「知財強化」はあくまで
「国際的な」観点で語るべきであって、ドメスティックには寧ろ甘くしなけ
ればならないのかも知れません・・・・。
#並行輸入問題なんて、相当古い話なはずですよ、そういえば

--

あと、知財のセキュリタイゼーションをもっと促す策をとってみては?と
思います。税制その他での優遇になるのであれば、クロスライセンスやそれ
に準ずる「活用法」は色々と生まれるのでは。また、ライセンシーが
(出資さえすれば)「準オーナー」な立場になることも可能なはずなので、
パワーポリティクスにダイナミックな変化が生じるようになるかもしれません。

「ビジネス方法特許」(Business METHOD Patent)が出たとき「ああ、こりゃ
まずいな」と思ったものですが、セキュリタイゼーション(証券化・流動化)
等を通じた「産業活性化」「金融政策」をプラスするなら、決して
「産業育成を妨げる」ものにはならないんだろうなあ、と思うようになりましたね。

--

今後20年、「アンチパテントな時代」になるかも、とは思っていましたが、
意外に「パテント<有効活用>な時代」になるかもしれません。アメリカの
「極端(+1)・極端(-1)な政策」の周期(繰り返し)にはそろそろウンザリ
です。(^^;

----(対する答え)----

Tetsuya Kitahata
> 「ビジネス方法特許」(Business METHOD Patent)が出たとき「ああ、こりゃ
> まずいな」と思ったものですが、セキュリタイゼーション(証券化・流動化)
> 等を通じた「産業活性化」「金融政策」をプラスするなら、決して
> 「産業育成を妨げる」ものにはならないんだろうなあ、と思うようになりましたね。

そうですね。半導体でも回路技術の分野では、技術の特許(IP)をライセンスす
るだけで製造設備をもたない開発専業の「ファブレス」企業が登場しています
(携帯電話のクォルコムが有名です)。つまり情報を「財産」として市場で取引
することによって、技術はあるが設備をもたないベンチャー企業が参入しやすく
なるという効果もあるわけです。これについては、実証研究も出ています。

http://icc.oupjournals.org/cgi/content/abstract/13/3/451

どっちの効果が強いかは、先験的にはわかりませんが、回路設計とか遺伝子工学
のように特許が物理的な特性で定義しやすく、他の技術との補完性が弱くて「強
いインセンティヴ」が望ましい分野では、特許が独立(競争)を促進する効果が
強く、それ以外では競争を阻害する効果が強いようです。

だから「知的財産権」を強化するかしないかという問題は本質的ではなく、情報
の利用における交渉費用(transaction cost)をいかにして最小化するかというこ
とが政策目標であるべきだと思います。財産権という制度がすぐれているのは、
物的資産の帰属をverifiableにして再交渉の余地をなくすためですが、定義が曖
昧で権利者の重複する「知的財産権」は、かえって交渉費用を増やす場合が多い。

ただコースの定理によれば、どんな権利が設定されていようと、交渉費用がゼロ
であればパレート効率的な状態が実現できるので、問題は情報生産者と利用者の
所得分配の違いだけです。むこう100年ぐらいを考えると、情報技術によって交
渉費用がゼロに近づけば、制度の違いなんてグローバルにarbitrageされ、国家
が情報の独占を保証する意味はなくなるでしょう。

アーキテクチャは戦略に従う

池田信夫氏との会話:(10年前)

----
>  
> コンピュータに処理できる(計算可能な)問題は、デジタル信号(有限の文字列)
> で表現されたものに限られます。これに対して、本源的な現実は連続無限だとす
> ると、両者の集合の濃度の違いは無限大だから、後者を前者に帰着させるコーディ
> ングの複雑性は無限に大きく、本源的な問題のほとんどはデジタルには記述でき
> ないわけです。

ええ、そうですね。ただ、「有限の文字列」ではないですが。
唯一、「文字列の<無限>性」に措ける<濃度>が違うのでしょう。それが
<アレフ>の「濃度」1・2とかの違いだと思うわけですが(^^;
#<無限性>にも「違い」があるわけです。

「差分」
「微分」
の違いですかね。

意外に、
「差分」
な部分で日本人の能力が発揮できるかも知れません。

・・まだまだ解析すべきことは多いと思いますよ。

> 「匠」の技には、この2種類の複雑性が混在しているのではないでしょうか。CAD
> データで書けるような技術は、コンピュータにやらせたほうが効率的ですが、消
> 費者の要求をCADデータに落とす過程は、やはり「本質的に複雑」です。こうい
> う面の日本人の能力は、携帯電話をみても世界一でしょう。

ええ、仰る通りだと思いますね。ここら辺の「コンプレキシティ」(遠近包含?)
というやつは、評論するよりも非常に大変な事であり、そして(同時に)
単純な事です。
#コロンブスの卵、的なやつです。(^^;

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少しだけ本質的な話をしましょう。

日本の「美」であり「技」であるところというのは、実は
「遠」
「近」
のまどうた(惑いたる)所に
位置するのではないでしょうか。

中国(東洋)と欧米(西洋)な位置との「近」と「遠」の
融合です。そういう位置に我らは在る。

アメリカンな「単純化」(「お馬鹿な」世界の積み重ね:ああ、
本質的には積算ではなく足し算なのよ、彼らの世界は)によって
<説明できない>
のが「日本的な文化」では。
(誰でも評価出来る様、一応「自由」を標榜し騙し一定の評価を与えたのが
アメリカンな社会なのでは・・・究極の姿)
逆に言えば、彼らのような「単純な」<タコ>な連中に惑わされない
「遠近」の感覚を持っているのが私たちでは。
#逆に言えば、お馬鹿な世界だからこそ「インテグラル」ってのを
#強調しなければならないのかなぁ、なんて。(^^;
#日本を見習ったわけだな~、最近のハーバードな経営学とやらは。

・・・「外敵」がちょろっとだけ必要なだけです、今は。

「匠」は<近>の【中】にあるわけですネ(^^;

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日本人を馬鹿にするとかしないとか、どういったテーゼを述べようが
のべまいが。・・きちんとヒトを「評価出来ない」のも問題なのでしょう。

いいえ、それ以前に。
根本的な問題なんていうのは、
・・多分、
「わかっちゃいるけど」
な世界の中にずっと
<メビウスの輪>
の中にグルグルと何十年(60年とか70年とか)と
動き回っている私たちの「意識」なのでしょう。

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日本の
「優位性」
なんぞは沢山在るはずです。

もしかしたらそれらは
<萌え>
とやら(私は知らん)な文化を創出
したかも知れない。

・・稚拙かも知れないが、しかし

・・でもあれらは、
「消費者のココロを理解する」
<極上>な文化ではないのか。
#最近、数ヶ月でようやく意味がわかりかけた

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<複雑性>、というのは、結局「理解できない」かもしれない、

なんていうところにある

「メタな世界」

なだけなのでは、という気がしなくも無いです。


・・・(^^;・・・



iWatch - Apple is reportedly exploring development of a watch-like product


http://read.bi/11oSEsf



そうそう。そうなのですよ、アップルさん。腕時計に注目、です。

私が18年間ずっと同じのを使い続けているもの、それが腕時計です。

i-Mode が出来る前から、腕時計にも注目していました。ウェアラブル・コンピューター。
因みに、腕時計なんかにQRコード読み取り機なんかを入れて、色んなことが出来そうな予感(QRは古いかな?)。SUICA系なんかは時計/スマートウォッチで十分ですね。Google Glassではできないだろうな。


なんといっても時計なら落として割ったり、なくしたりする心配が少ない。

Gimbal - Mobile 3.0 が導くもの


クアルコムがリリースした「Gimbal」という携帯電話の新しいSDK(Software Development Kit) ( http://www.gimbal.com/ ) に興味を持っています。携帯電話の中のあらゆるセンサー情報を包括的に管理するという代物。昔、i-Mode が出る前から、「携帯電話はやがて体温計になり血圧計になり、日々のあらゆる情報をモニターし適切な場所に送信するツールになるだろう」と予言していた私としては、嬉しいSDKの誕生です。

実は過去私のGoogle+のフォロワーの数を一気に増やしてしまった(彼の、「Geekリスト」に入ってサークル共有されたのがきっかけ) アメリカ・カリフォルニアの Robert Scoble 氏 (Rackspace) の記事によれば、Gimbalは、Mobile3.0と呼んでもいいかもしれない、という代物だとか。1.0を音声通話のみの携帯電話、2.0をタッチパネル/スクリーン式の携帯電話とすれば、3.0はその上を行く「進化したライフログ型コンピュータ」。

Google Glassの応用例もあわせて大変興味深い。医療現場や介護方面で結構ニーズがあるだろうなあ、とは思います。

Monday, May 6, 2013

ことみ@旅芸人


DQ9(ドラゴンクエスト9)で主人公を「ことみ」にして旅芸人で「ボケ」と「ツッコミ」を覚えさせてしまった・・・。なんでやねんw。 #clannad #クラナド

Clannad (クラナド)はなんといっても「ことみちゃん」なのっ

Clannad (クラナド)はなんといっても「ことみちゃん」なのっ
(まあ、古川渚も捨てがたいことは事実だが。科学者好き(笑)

AKB Strategy


AKB商法を「悪徳」であるかのように言っている人たちがいるのだけど、何故か私にはしっくりこない(こなかった)。何故なんだろう、とずーっと思っていたわけなのだけど、ふとしたきっかけで次の結論に達した。@秋元康氏は、一度、芸能界から総スカンを受けている。ご存知の通り、かれがプロデュースした、「うしろゆびさされ組」の、<高井麻巳子>さんと結婚したことに関連している。プロデュースした子(しかも、若い!)と蜜月になること自体、本来はタブーだったはずだ。相当、業界内で「うしろゆびを指された」に違いない(文字通り)。しかし、彼はそれを耐えた。小室哲哉氏や、つんく氏が、其々TRF系やモーニング娘などで全盛を迎えていたころ、次のチャンスを練りながら如何に芸能界で「マーケティング」を行う事が重要かを考えていたに違いない。そう、AKB商法は、辛酸をなめた彼だからこそできる、マーケティングの大いなるチャレンジなのだ。彼の商法がうまく行っていると言う事は、彼を超える天才がいないからに他ならないのだ、心理学的側面からしても。悪徳だと罵る前に、彼を上回ったマーケティングをすればいいだけの話なのである。

あまり、最近、都会に出ていないので、AKB商法がどのくらい浸透しているかを知る機会がなかなか無かった(テレビも見ないしね、全然)。今や、街ゆく子を見れば、先ず真っ先に「AKBの〇〇ちゃんになんとなく似てるね」と錯覚(刷り込み)してしまうくらい、AKBは有名なのだ。彼女ら自らが、ビラを配っていた数年前とは雲泥の差だ。
若い世代は、「おニャン子クラブ」という言葉すら知らない。しかし、彼女らは80年代、国民的代表と言えるくらいとても有名だった。ビデオテープで「夕焼けニャンニャン」を取ることを趣味としていた人も多いはずだ(私は若すぎたからそんなことはしていないがw)。私のコレクションの「80年代ミュージック集」でも、おニャン子関連の(ソロを含む)はとても多い。嫌になるくらい多いのだ。中には嫌悪するフレーズがあることも否めないが、青春の葛藤を男性女性両方の側に立ってつづっている詞が多いのは事実。まあ、象さんのスキャンティあたりは、調子に乗りすぎた歌詞だとは思うわけだけどw。(おっと、チカン、は大嫌いな曲の一つ。男をなめトンのか?と思ってしまうw)
そんな、成功の蜜も、失敗の辛さもしっている彼だからこそ、<今>出来る事は多いんじゃないか。いずれ秋元氏の人気がすたれたときは、つんくが「モーニング娘」ならぬ「イブニング娘」を、全盛期から25年たった頃あたりにリリースするんだろう。歴史は繰り返す。この歴史は、「AKB/おニャン子」の時と同様、全盛期に見ていた女性が母親となって自分の娘に〇〇に入ってほしい、と頑張る時期に似ている(だから、大体25年なのだ)。頑張ってもらいたいと思う