Tuesday, May 7, 2013

アーキテクチャは戦略に従う

池田信夫氏との会話:(10年前)

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>  
> コンピュータに処理できる(計算可能な)問題は、デジタル信号(有限の文字列)
> で表現されたものに限られます。これに対して、本源的な現実は連続無限だとす
> ると、両者の集合の濃度の違いは無限大だから、後者を前者に帰着させるコーディ
> ングの複雑性は無限に大きく、本源的な問題のほとんどはデジタルには記述でき
> ないわけです。

ええ、そうですね。ただ、「有限の文字列」ではないですが。
唯一、「文字列の<無限>性」に措ける<濃度>が違うのでしょう。それが
<アレフ>の「濃度」1・2とかの違いだと思うわけですが(^^;
#<無限性>にも「違い」があるわけです。

「差分」
「微分」
の違いですかね。

意外に、
「差分」
な部分で日本人の能力が発揮できるかも知れません。

・・まだまだ解析すべきことは多いと思いますよ。

> 「匠」の技には、この2種類の複雑性が混在しているのではないでしょうか。CAD
> データで書けるような技術は、コンピュータにやらせたほうが効率的ですが、消
> 費者の要求をCADデータに落とす過程は、やはり「本質的に複雑」です。こうい
> う面の日本人の能力は、携帯電話をみても世界一でしょう。

ええ、仰る通りだと思いますね。ここら辺の「コンプレキシティ」(遠近包含?)
というやつは、評論するよりも非常に大変な事であり、そして(同時に)
単純な事です。
#コロンブスの卵、的なやつです。(^^;

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少しだけ本質的な話をしましょう。

日本の「美」であり「技」であるところというのは、実は
「遠」
「近」
のまどうた(惑いたる)所に
位置するのではないでしょうか。

中国(東洋)と欧米(西洋)な位置との「近」と「遠」の
融合です。そういう位置に我らは在る。

アメリカンな「単純化」(「お馬鹿な」世界の積み重ね:ああ、
本質的には積算ではなく足し算なのよ、彼らの世界は)によって
<説明できない>
のが「日本的な文化」では。
(誰でも評価出来る様、一応「自由」を標榜し騙し一定の評価を与えたのが
アメリカンな社会なのでは・・・究極の姿)
逆に言えば、彼らのような「単純な」<タコ>な連中に惑わされない
「遠近」の感覚を持っているのが私たちでは。
#逆に言えば、お馬鹿な世界だからこそ「インテグラル」ってのを
#強調しなければならないのかなぁ、なんて。(^^;
#日本を見習ったわけだな~、最近のハーバードな経営学とやらは。

・・・「外敵」がちょろっとだけ必要なだけです、今は。

「匠」は<近>の【中】にあるわけですネ(^^;

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日本人を馬鹿にするとかしないとか、どういったテーゼを述べようが
のべまいが。・・きちんとヒトを「評価出来ない」のも問題なのでしょう。

いいえ、それ以前に。
根本的な問題なんていうのは、
・・多分、
「わかっちゃいるけど」
な世界の中にずっと
<メビウスの輪>
の中にグルグルと何十年(60年とか70年とか)と
動き回っている私たちの「意識」なのでしょう。

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日本の
「優位性」
なんぞは沢山在るはずです。

もしかしたらそれらは
<萌え>
とやら(私は知らん)な文化を創出
したかも知れない。

・・稚拙かも知れないが、しかし

・・でもあれらは、
「消費者のココロを理解する」
<極上>な文化ではないのか。
#最近、数ヶ月でようやく意味がわかりかけた

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<複雑性>、というのは、結局「理解できない」かもしれない、

なんていうところにある

「メタな世界」

なだけなのでは、という気がしなくも無いです。


・・・(^^;・・・



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